バイクと共に
初任給をもらってから数ヶ月、念願のセロー225を手に入れた。
それから10年間、共に、様々な経験をした。
初めての本格的な林道
🌟新潟に行った時、林道に向かった。多分、朝日スーパー林道。
今は、以前のような、ワイルドな道では、もうなくなっているかもしれない。
脇にバイクを止め地図を見ていると、クラクションが鳴る。
目をやると、6、7人のオフロードライダーたち。林道から下りてきたところなのだろう。
みんな上機嫌。
彼らは、手を上げて挨拶してくれる。私も手を上げて返した。
旅に出ると、ライダーはすれ違いざまに手を上げて挨拶を交わす。
言葉のないその交流が、好きだった。
駐車場に入れば、互いに気に留め、会話することもある。
フェリーに乗れば、自然にライダーが集まり宴会が始まる。
ソロライダーでいることの心地よさを享受しながら、通りすがりのさりげない交流も
また楽しい。これが、一緒にツーリングするとなると、またいろいろあったりする。
孤高の人:新田次郎著 ←こんな時もある。
実は、未舗装の長い距離の本格的林道に入るのはこれが初めてだった。
元々、行き交う人の少ないところ。
転倒して、ステップが折れたらどうしよう。レバーは予備を持ってるから、交換できる。
不測の事態は他に何がある?
不安は尽きない。然し、行きたい。
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ようやく、林道の入り口を見つけた。
緊張と期待で、林道に入ろうとした時、看板を見つけた。
“落石により侵入禁止”
きゃっ、なんてこと。
呆然としていると、一人のライダーが下りてきた。
「大丈夫やで、行けるで、」
ここで聞く関西弁。どこまで、信じていいのだろうか。
怖いけどどうしても行きたい。
一歩踏み出した。
鬱蒼とした林道が始まった。
道は、敷石。タイヤが取られて恐怖倍増。
膝でタンクを強く挟み込みバランス力を高める。
山に登っていく。すれ違う人も、バイクももちろん車もない。
落石現場まで行って、Uターンするつもりだった。
しかし、落石してそうな場所は見当たらない。
看板は、”気を付けてね”くらいのものだったのかも。
バランスをとるのに神経を使う敷石は続く。
転倒しても、助けてくれるものはない。
レバーだけは、常備しているが、転倒して、それ以外のところが壊れたら打つ手がない。
木々にさえぎられていた視界が、徐々に開け、光が差してきた。
高いところまで登ってきたのだ。
この山にたった一人。
はるか向こうに見える清らかな山々。一気に、魂が浄化される。
今も、鮮明に覚えているあの景色。
一瞬、恐怖と緊張から解放され、感動と満足感に満たされた。
バイクは、走り始めた。
道は下りに向かう。まだ、落石の気配はない。
落石は、すでに除去されたのだろう。
感動の林道デビューが、無事に終わりそうだった。
と安心したその時、先に、道を塞ぐ大きな岩が見えた。
”えっ、もう戻るの無理やん”
これ以上、この緊張感を持続するのは無理だった。
呆然と立ち尽くす。
しかし、選択肢は前進しかない。
バイクがどこを通ればこえられそうか。
岩と山肌の間に、土と倒木が積みあがっているところがあった。
超えるならそこしかなかった。
再び、タンクを強く挟み込み、中腰になり、ハンドルを握った。そして一気に乗り越えた。
そう乗り越えた。初めての林道経験は、スリルに満ち、感動の中、大きな自信となった。
しかし、まさか、最後の最後で落石が来るとは思わなかった。
バイクは、一瞬一瞬の決断を試されるスポーツと似ている。違うのは、危険が伴なうこと。
と偉そうなことをいうが、林道に慣れたライダーにとっては、こんなのは、序の口なのであろう。
でも、林道に入る前に出会ったライダーたちも、上機嫌だった。
セローのおかげでできた、最高の経験でした。
感謝の旅館
🌟ざざ降りの雨の中、八甲田山を越えようとしていた。
目指すは、奥入瀬渓流温泉にある旅館。
ようやく、予約が取れた旅館。旅館は、始め渋っていた。
どこもそうだった。電話した時間が遅く、ビジネスホテルのように、素泊まりではない。
夕食の準備ができる時間は過ぎていた。それに、一人客は、一部屋を独占し、
いい客とは言えない。それに女性の一人旅の宿泊は敬遠される傾向があった。
すでに何軒か断られていた。
もう6時を回っていた、着く頃には7時を回っているだろう。
半ばあきらめていた。しかし、私の非常時を察したのか、受け入れてくれることになった。
お布団で、寝られるだけで感謝だった。
あとは、到着するだけ。
暗く寒いなか、強い雨に打たれながら走り続けた。
十和田湖へは、八甲田山を越えなければなりません。
よみがえるは、新田次郎著「八甲田山死の彷徨」
ちょっと、怖いじゃないですか。
そして、ここでガソリン切れたらとか、タイヤが滑ったらとか
考えながら走るわけです。明かりが見えると、その時は、あそこの家に助けを求めようとか。
そして、ようやく見えた十和田湖温泉の看板。
旅館を探す。やっと、見つけたそこは、改装したばかりの小さくきれいな旅館。
全身ずぶぬれで中に入るのが申し訳ないくらいだった。
玄関で、靴を脱ぐ。靴は、バイクブーツではなく、ハイカットの登山靴を履いていた。
中は、ぐしょぐしょに濡れていた。
部屋に案内されすぐに、温泉に入った。
全てが、新しく気持ちいい。
寒さと緊張がやっとほぐれた。
部屋には、夕飯が運ばれてきた。
夕方遅くの予約だったのに、すべての食材がテーブルに並ぶ。
肉、魚、うなぎ、煮物、てんぷら、果物。
見た目もとてもきれい。
どこかの高級懐石よりも御馳走だし、美味しかった。
感謝しかなかった。
帰り支度を終え、玄関に向かった。
服は部屋で乾いたが、靴は、玄関に置いたまま。
当然、靴はぐっしょり濡れたままを覚悟して、靴に足を入れた。
暖かい。乾いていた。
昨晩のうちに、乾かしてくれていた。
無理にお願いして泊まらせてもらった旅館。
全てにこんなに、深い心遣いを受けたのは初めてだった。
ツーリングで日本中を走った。
大抵は、ビジネスホテルに泊まるせいもあるが、
ここまで、印象に残った旅館はここだけだった。
野の花 焼山荘 青森県/奥入瀬渓流温泉
バイクから離れてずいぶんになる。
一度は満足したと思っていた。
でも、また、乗りたくなってきた。
でも、もう無理はできない。
こんど狙っているのは、スーパーカブ。
最近おしゃれになってきてるではないか。どうした?